2012年2月13日月曜日

末期がんの腹水20リットル抜いて元気に

「腹水=死」の常識が変わる
余命告知から治療再開の例も
KM-CART(腹水ろ過濃縮再静脈注法)

がん性腹水は抜いたら死期を早めるだけ──がん専門医の99%はそう考える。実際、単に腹水を抜くと身体に必要なタンパク質も体外に出てしまい、さらに腹水がたまるという悪循環を起こす。患者は我慢するしかない。これががん医療の常識だった。

 ならば、抜いた腹水から身体に必要な成分だけを分離濃縮して、再び体内に戻せないのか。この素直な発想は難治性腹水を治療する「腹水ろ過濃縮再静脈注法(CART)」として実現、1981年に保険適用もされている。しかし「肝硬変の腹水には有効だが、がん性腹水には使えなかった」と東京都・要町病院腹水治療センター長の松崎圭祐氏は言う。

 がん性腹水には多くの血球成分やがん細胞が含まれるため、ろ過メンブレン(膜)が直に目詰まりし「無理にろ過するとつぶれた血球成分から炎症物質が放出され、体内に戻す際にリスクが生じる」のだ。がん性腹水の治療は隅に追いやられてしまった。

 一方、CARTに可能性を見た松崎氏は製造元と改良に着手。膜の構造やろ過法、目詰まりした膜の洗浄法を考案し、新たに「KM-CART」を完成。2008年からがん性腹水の治療を開始した。その結果は劇的だった。 寝たきりで松崎氏の前任地に来院した60代の膵がんの男性は20リットルもの腹水を抜いて退院。3ヵ月後には仕事再開の電話で松崎氏を驚かせた。8.7リットルを抜いた4日後に、ゴルフで18ホールを回って「楽しかった」と報告してきた乳がん末期の女性もいる。松崎氏は「腹水治療の真骨頂は闘病する意欲が再びわき上がること」だという。

 余命を告知された人が再び口から好物を食べ、ぐっすり眠れるようになる。腹水の圧迫から解放された臓器の血流が回復し、消化排泄機能が戻ってくる。そのまま穏やかに死と向き合ってもいい。しかし気力と体力が甦れば、もう一度抗がん剤治療を、という気持ちも出てくる。余命1週間を告知された70代の卵巣がんの女性は腹水治療後に抗がん剤治療を再開。1年後も元気な声を聞かせてくれた。

「抜いたら弱る」から「抜いたら元気になる」へ。この新常識は医者のあいだでも未だ普及途上だ。症例を積み重ね、「新」の文字が不要になる日が待ち遠しい。
2012年2月12日